吟醸

地域とゲームと。ときどき仕事。

フライングゲット

春です。

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出かけない理由がありません。

 

というわけで、GW唯一のレジャーに出発!

 

行き先はこちら。

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昨年ゲットできなかった「パ酒ポート 北海道版」をゲットするため、栗山の小林酒造を目指します。

 

…ん?   レジャー感がない?

 

ま、年に数回通ってますからね…。

 

ただ、もちろんそれだけじゃありません。

 

まず、栗山といえばラーメン!大鵬と龍覚といえば、僕の中では栗山の双璧をなすラーメン店です。

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何年ぶりだろ…。あのキムチラーメンが食べたくて、今回は龍覚さんへ。

 

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はい、想像通りでした。というか、ネギキムチラーメンなるメニューがあって(10数年前もあった?)、僕のストライクゾーンにガッチリ入ってきました。美味しかった。ちょっと酸味が加わるのがいいんだよね。

 

さて、腹ごしらえのあとはしっかりパ酒パートを手に入れて、デザートの調達です。

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「ほんだ菓子司 いなほ公園店」さんに寄るため、あえて岩見沢周りで帰宅。カフェもいいけど、のんびり自宅で楽しむのもまた贅沢。(韻踏んだ)

 

最後に、夜のための蔵元限定酒。(パ酒ポートの特典で、非売品の猪口がついてきました。)

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距離はそうでもないけど、自分の好きなもので休日を飾るのも悪くない。至福感がたまりません。

 

とりあえず前半はだらだらと英気を養って、後半、仕事を頑張るぞ〜。

 

 

ちなみに。新相棒のノートくんは抜群の燃費。

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片道、1Lも使ってないよ、と教えてくれます。さすがe-Power

 

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いや、これはどうなの(笑)

町内会とPTA

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季節のイメージです。

 

今日はルポ風に。

 

非自治会住民は「ごみ捨て場使うな」 トラブルの現場は(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

 

このニュース、皆さんはどう感じられただろうか。

 

率直なところ、私は

 

「いいの、いいの。何もできなくてもさ。とりあえず(自治会)入んなよ。で、ゴミも出そう。後は出来る人でやるから。ね?」

 

と言ってあげたい。現に、このニュースの方は「集積所の掃除はします」とまで言ってくれている。それだけでも貴重なのに。

 

私が住む地域は、おかげさまでこうしたトラブルはない。

 

今は交通機関で通勤しているが、雪が積もっても無事に1km弱を歩けるのは、家の前を除雪するついでに歩道もやってくれている地域の人のおかげだ。だからこそ、自分ができる時には、(それが何年も先だとしても)必ず参加したい。

 

今は、地域のお祭りを手伝ったり、資源回収に協力したりしている。ささやかではあるが。

 

こうした善意のリレーであったはずの「共助」(=きょうじょ:共に助け合うこと)が、いつしか「入らなければいけない」「やらなくてはいけない」という "義務" にすり替わっている場合があって、悲しい気持ちになる。

 

「何でもいい」と思う。それが地域を、自分が住む場を豊かにすることなら。何なら、今はできなくたっていい。仕事を引退してからでもいいと思う。

仕事をしている「今」は家庭(または自分)と社会を支えているので精一杯なはずだから。

 

ニュースの最後でも触れられているが、「寛容さ」が無くなると、最後は行政に頼るしかなくなる。しかし、行政サービスも限度がある。

 

行政サービスの限界→「何もしてくれない」という(誤った)行政不信→参画意識が弱まる→社会が停滞する→他人に対して不寛容になる、という悪循環。

 

個人的な見解だが、今、学校現場ではPTAにも似たような事が起きている。

 

「役員を◯人選ばなくてはいけない」

「◯◯という仕事をしなくてはいけない」

 

決める側の先生も、参加する側の親も義務にすり替わってしまっていて、苦しくなっていないだろうか。

 

町内会もPTAも、本来は住む人や子どもの為に「出来ることをしよう!」という助け合う組織だったはずだ。

 

もしもこのブログを見ている人が、そうした仕組みに携わる人であるなら、ぜひ原点に戻って「何のため」の組織かを考えてほしい。

 

参加する側の人が見ているとしたら、どうか自分にも他の人にも寛容であってほしいと思う。できない時は頼っていいのだ。そして、できない人に手を差し伸べてあげてほしい。その思いは、必ずブーメランとなって返ってくるから。

 

情けは人の為ならず、でありたい。

 

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よく、夢を見ます。

 

正しく言えば、「見た夢をよく覚えている」体質です。

 

舞空術で空を飛んだり、爆心地を駆け抜けたり、ダイ・ハードよろしく高層ビルのダクトを這いずり回ったりと、退屈しません。

 

あ、かめはめ波、打ったこともあります。かめはめ波は手がムズムズしますww

 

そんな私が今日見た夢は、これ以上ない幸せな夢でした。

 

好きなカラオケに友達と行く夢。僕の歌の番の前に、みんな終電で帰っちゃうというオチでしたが。それでも、夢の中のみんなはいつも通り温かかった。

 

ありがとう。

今、僕がいるのはみんなのおかげです。

 

母の日、父の日、敬老の日勤労感謝の日ときて、「何かに感謝する日」の次は、「友の日」はどうでしょうね。友達に感謝する日。

 

今日の僕は、そんな日です。

 

休み

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週末のディーラー。整備の合間。

 

ようやく、仕事のことにあれこれ思いを巡らせる時間ができたなぁ、と感じます。

 

ここまでは、もう、日々大変で。

ピーク時は、平日に残った仕事を休日に出勤して片付けるという、「いったい何の為に生きてるの?」というルーティンでした。

 

だから、

次のプランが立たない

結果、処理する事に追われる

次の仕事が来る、の自転車操業

今も、まあ大変な事に変わりはないんだけど、こうして少しゆっくり過ごせる時間が出来てホッとしています。

 

ここ最近、仕事にワクワクしていない。

「もうちょっと仕事に楽しみを感じていいよなぁ。」

ワクワクを感じるチャンネルの感度がおかしくなってるみたいです。外的な要因ももちろんあるけど、自分の意思で何とか出来るところもあるなぁと思っています。

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↑ワクワクしてた頃の感じ。2016。

 

久しぶりに西野亮廣氏の「魔法のコンパス」を開いたら、三角形の話に胸を打たれました。自分を形作る要素を三角形の頂点に例えた時、頂点が遠ければ遠いほど信頼の幅が広がるという。

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見出しは「収入を得る事」から始まっているけど、中身はそれだけじゃないです。

詳しくは↓

魔法のコンパス 道なき道の歩き方

魔法のコンパス 道なき道の歩き方

 

なるほど、自分はとりあえずブラスバンドから距離を置いたけど、「それはそれで自分の幅を広げていたんだな。」と。三角の頂点は、教師、指揮者、あと1つは何だろう。…お父さん?

 

ブラスバンドに戻るかどうかはさておき、「指揮者」を削ってしまったので、ワクワクも(苦労も)削られた部分はあるなぁ。

 

少し、また自分が見えてきて「これからどうしようかな」と前に向けている感じです。

 

とりあえず今日は休日を謳歌することにします。

#西野亮廣 #魔法のコンパス #今更だけど名著です

 

祈り

しばらく迷っていたんたけれども、やっぱり書くことにしました。

「こういった内容を記事にすること自体どうなのか」という疑問は尽きないのですが、今日聞いた話に感銘を受けたことと、彼を忘れないためにも、自分の日記として綴ることにしました。

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この画像にあまり意味はないのですが(きちんと停車して撮りました。)、無機質な白黒写真、というのがこの時の僕の気持ちを代弁しているような気がして。

 

教え子が若くして鬼籍に入りました。

 

「順番を守れよ…」「生き急ぎやがって…」

 

葬儀に行くまでは、そんなセリフで自分の悲しさを紛らわせながら、でした。何より受け入れ難かった。御遺族のことを思えばなおさらでした。

 

ところが、法話を聞いてその考えはちょっと違うことに気付かされました。

 

「きっと、ここにいらっしゃる方も○○さん(故人の名)の死を『どうして』『なぜなんだ』と受け入れられない気持ちがあると思います。でも、それは○○さんも同じなんですね。きっと『どうして死ななければならなかったのか』という思いでしょう。」

 

「お釈迦様は35歳で悟りを開いたあと、お気持ちの整理をされて80歳で旅立たれました。お釈迦様ですら45年かかったのですから、我々の気持ちが整理されないのは当然といえば当然のことです。」

 

「ですから、遺された私たちがまず、時間はかかりますが受け入れてあげる。節目節目でお祈りをしながら、『心安らかに旅立ってね』という思いを届けてあげましょう。」

 

そう。きっと彼も思いは同じだったはず。自分だけが遺された寂しさをぶつけるのは、彼もかわいそうですよね。

 

まだ、整理はつきません。

熱心な仏教徒ではないけれど、節目で彼を思い出すことはできます。そして祈る。

彼の分までしっかり生きなければ。

 

古来、神事にお酒は欠かせないアイテムでした。この日は彼を思い出して一献。

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雑感。

今、私は職場で子供向けの作文・作品「コンクール」「コンテスト」の応募要項を扱う係をしています。

 

係、といっても応募要項が来たら職員に周知してファイルに綴じるだけなんですが。

 

ただ、その文書の枚数たるや

もの凄い。

 

そろそろ1学期が終わろうとしているこのタイミングで、厚さ5cmのプレスロックファイルが開催要項でいっぱいになりました。こんなにも日本全国で子供向けのコンテストやコンクールが行われているのかと、日々驚くばかりです。

 

今日処理した(ファイルに綴じた)文書は「27回」「30回」「24回」「25周年記念」「34回」…と、20から30回目を迎えるものが多くみられました。1年に1回だとすれば、始まったのは20〜30年前ですね。

 

…そう、ゆとりです

 

週休2日になって、円周率も3で良くて、1、2年生は社会と理科から生活科に代わって…と大転換があった時期。

 

ここからは推論です。

 

たぶん、その時代は学校も「こんなコンクールあるから、図工でやってみるか」が出来たと思います。定められた内容を履修しても、授業の時数に余裕があったから。子供たちも、放課後に何か習い事をするとしても遊ぶ余裕があった。私もそうでした。その時間を使って任意で取り組む子もいたでしょう。コンクールを運営する側も参加してくれるならと、どんどん増えていったのではないでしょうか。

 

さて、時は流れて現在。ニュース等でも扱われた通り、ランドセルが重たくなる程の授業内容増や、習い事の多様化、親の多忙化と様々な環境変化がありました。この教育改革がどうだったか、答えが出るのはおそらく数十年後でしょう。

 

改革の賛否は置いておきますが、正直、現代の小学生は忙しいです。放課後そのまま習い事、という家庭もあります。遊びたくても遊べない子もたくさんいます。

 

「それはでも、親の責任でしょ。」

 

言うのは簡単です。でも、その親をとり囲んでいるのは「社会」です。何とか、子どもがのびのびできる社会を、それぞれの立場で、我々大人がつくりたいものです。

 

 

うちのプレイルーム③ チェンジ!シンカリオン!

仕事が忙しくて、すっかり更新を忘れているブログ。久々の投稿です。

 

シンカリオン、熱い。電車+ロボ+親子の絆。全国の電車好き、ロボ好きの子はもちろん、うちの子がインスパイアされないわけがありません。…というわけで、

 

シンカリオン、code- Dr.Yellow発進!

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ニューブロックですね。ニューブロック無双。

 

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中間車両に武装を積んでいます。現場に急行だ!

 

チェンジ!シンカリオン強襲揚陸、ガウォークモード!

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マクロス世代の心も、これで鷲掴み!(←オトナの事情)武装を維持したまま、一撃離脱の戦術も可能!どうですか、BANDAIさん!

 

チェンジ!シンカリオンドクターイエロー

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相手のウィークポイントを頭部ソナーでスキャンしながら攻撃!ドラグナーなら3型です!(←父の推しメタルアーマー。ライト最高)

 

と、またしても子どもの想像力で妄想してしまう父でした。シンカリオンもニューブロックも、愛してまーす!(棚橋さんリスペクト!)