白い翼

徒然なるままに。ときどき仕事。

追悼

突然の訃報。

 

西村京太郎氏が、91歳の生涯を閉じられた。昭和40年「天使の傷跡」で推理作家として活動してから、実に半世紀以上もミステリの第一線で活躍されてきた。謹んでご冥福をお祈りしたい。

 

西村氏の著作に敬意と感謝を述べる意味で、今日は自分と西村ミステリの出会いを振り返ってみたい。それにはまず、自分と推理小説(以下、ミステリ)との出会いに触れなければいけないだろう。

 

1996年のある日。放送部だった私は、放課後いつものように放送室に向かった。放送部というと日常活動は昼休みと思われがちだが、我々の部には「声出し」や「アナウンス読本」といった「基礎練習」があったし、アナウンス部と技術部に分かれて、日々より良い放送を作るという向上心もあった。(清廉さに若干の誇張があるが、青春の思い出は誰にとっても美しいものであろう。ご容赦いただきたい。)だから、他の運動系や文化系の部活がそうであったように、毎日部室(放送室)に向かうことが当たり前だったのだ。

 

ただでさえ狭い放送室の、さらにせまい入口を抜け、いつも通り荷物を置く。何気なく部室の隅のカラーボックスに目をやると、一冊の本が目に止まった。

 

 「十角館の殺人」。何というストレートな題名だろう。しかし、そこに惹かれた。作者は綾辻行人とある。聞いたことがなかった。小学校の頃はよく図書室からホームズを借りたことを思い出し、「これ、誰かの本ですか?」と先輩に尋ねた。誰もが首を振る。どうやら、卒業した先輩の誰かが置いて行ったようだ。シンプルなカバー絵が、かえって作品の興味を掻き立てるのも手伝って、私はその本を借りていくことにした。その後私がどうなったかは、綾辻氏の現在の立ち位置を考えれば想像に難くない。あっというまに「アヤツジスト」となった私は、その後も「水車館の殺人」「迷路館の殺人」「人形館の殺人」と読み進めたのだった。

 

 こうして、私は「新本格ムーブメント」の1ファンとなり、現在に至るまで我孫子武丸氏や有栖川有栖氏の本を買って読んでいる。本当に幸せな出会いだった。

 

 ただ、(こういっては失礼にあたるかもしれないが)何事にも「疲れ」が出る瞬間はある。

 

 年齢的に責任のある立場に立つことが多くなったころだろうか。新本格の「精巧なプロット」「読者を最後にあっと言わせる仕掛け」「まさかの展開」「読者との犯人当て勝負」のような、グイグイくる“圧”に押し負けている自分がいた。ちょっと距離を置こう、少し肩の力を抜いて読めるミステリはないものか、と思い始めたのである。

 そういえば自分が子どもの頃は、俗にいう2時間ドラマが毎日のように放映されていた。開始数分で事件が起き、故・渡瀬恒彦さんや船越英一郎さんが演じる刑事が犯人を追い詰めていく。ドラマが1時間立った頃には視聴者も犯人に薄々気がついているが、なぜか最後まで見てしまう面白さがあった。

 自分が今読んでいるミステリとは一線を画すものの、2時間ドラマも立派な推理ものである。その原作は、それまで読んだことがなかった。子どもの頃のドラマの原作だから、当然一般の書店より古本屋だ。古物店は趣味のゲームソフトしか見てこなかったが、今日は2時間ドラマの原作、十津川警部を探しに行こう。

 近所の古本屋に行って驚いた。こんなにも西村京太郎氏の作品があるとは思いもしなかったのだ。この日は、自分の地元である北海道が関係している著作をいくつか購入して帰宅した。

 

 本格ミステリ作家たちの後書きにしばしば出てくる、鮎川哲也氏によれば、

私は作家に対して安易にレッテルを貼ることに必ずしも賛成ではないのだが、敢えて言うならば西村氏はサスペンス派の作家に分類するのが正しく、本格派呼ばわりをされては、この作者は何かと不自由を感じることだろう。(「北帰行殺人事件」;解説より 光文社文庫、2010年)

とある。自分は不勉強であるが、鮎川哲也氏はおそらく本格ミステリの大家であろう。その彼が、後段敬意を表しつつ自分達とは違うと語っている。このことからも、西村氏の著作が私の求めていた「本格ではないミステリ」であることを証明になるのではないか。

 とはいえ、引用した「北帰行殺人事件」は最後に大きなどんでん返しが待っているし、「殺しの双曲線」(講談社、1979。新装版は2012)は本格も真っ青の「吹雪の山荘」が舞台である。それでいて、サスペンスに必要なスピード感のあるストーリーが共存しているのだから、氏の作品が長く愛されているのも頷ける。

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一度ハマったら集めてしまう私。

 ここ最近は新型コロナウイルスの影響もあり、自粛が続いている。それに比例するように、私も十津川警部と共に本の中で「旅」に出ることが多くなった。この「旅」に自粛はない。西村さん、私もそちらの世界に行くまでは、ずっと作品と共に「旅」を楽しもうと思います。どうか安らかにお眠りください。そして、ありがとう。